競馬用語で言うところの「掛かる」だったのかなと思うんですがタイナカはスタートから飛ばしてました。明らかに上滑り的に。
前回見たときにはそんな印象はなく、たぶんM-ON中継が入ったことで過剰に張り切りすぎたのだろうなと解釈しました。ていうか1曲目を歌いだした時点で汗をかいていたくらいなので。
そんな感じで空回りがあること、ライブになると高揚してしまうのか抑揚のつけ方やテンポや間のあけ方にアレンジが入ってしまうことなど、いささか抑制が利かない点が気になりました。
制御が利かないと言う面では率直に"下手"だと思いました。ただこの場合は"下手"は絶対的な評価ではなく相対的なもの。
楽曲提供を受けたのが必然なのか偶然なのかわかりませんが、この人の歩むべき道、辿るべき系譜は広瀬香美だと思え、比べるべき対象はmoving_acl的に設定上最強の存在となっている広瀬香美その人です。
自らも優れたボーカリストであり優れた作り手である。このことは香美さんとタイナカだけに共通するものではありませんが、両者を見た者の印象として2人には繋がるものがあります。
ただし、全てがコンプリートである香美さんと比べるとタイナカは上記のような揺らぎがあります。香美さんはライブで自身がどれだけ楽しもうとも歌はブレさせなかった。
自分が楽しんでしまうということを否定できるものではありませんが、結果としてその遊びが提供するものの完成度を狂わせてしまってはなりません。
ちょこちょこと差し込んでいたMCにも言えることですが、タイナカはライブ全体を通しても1曲という単位を通してもどう見せるかという構想が無いように思えました。これが第二の問題です。
自分をどう見せるのか、その曲で何を伝えたいのか、ライブを通して何を感じて欲しいのか。出来る人は何も考えずにできてしまいます。ですがほとんどの場合はそうはなりません。ならない以上理詰めでことを進めます。
自分をどう見せるのか
これは普段容姿にはこだわらない公言する私が珍しく言及したことに繋がります。
私がよく使う「特別な人」という言葉。ステージ上にいる人間が観客にとって特別な人として認識されなければならないという部分です。
もって生まれたカリスマがある人ならば苦労しません。持って生まれた美貌を持つ人ならば気にする必要が無いかもしれません。
無ければどうするのか?
それは虚飾の世界です。無いものを有るように見せる演出。特別ではない人を特別な人に思わせてしまう"演出"が必要。
衣装なんてものもそのひとつです。とてもではないが普段着になんて無理、とてつもなく派手、とてつもなく豪華。そんな世間離れした衣装を着込むことで自分でない自分になる。照明や舞台装置を使った演出もその手助けになるでしょう。
手法は何でも構いません。ステージの下にいる観客に特別な人と言う幻想を抱かせることが出来たならばそれで勝ちです。
持って生まれた雰囲気、オーラというものもあります。これも後天的に変化させることが出来るものと思っています。
恋人が出来たとたんに雰囲気が変わったなんてのは身近な話で、髪型やメイクだけでも雰囲気が変わる。でももっと内在的な部分から変化させることが出来たならば。
それは環境によって起きうることだと思っています。言うならばスター扱いするお姫様扱いするようなこと。
それまでの生活が一変し、周囲に自分のことを構ってくれる人間が集まってくる。何かをなしたいと思えばそれを望むだけで叶う。そんな環境が人にあらざるものに作り変えていく部分があると思っています。
冗談ではなく実際にそうやって作られたアーティストがいると思っています。期待の若手がやたらとちやほやされるのもそういう一環であろうと思いますし、私が見た中で最も人にあらざるものと思えた人は取り巻をゾロゾロと連れて歩くことで有名な人でした。
ある意味普通の人でなくなってしまうことを意味しますので日常生活に差し障りがあるとは思います。ですが日常感覚を持つ人では限界があるとも言える話です。
いきなりてっぺんまで行けと言う様な話はしません。しませんがタイナカさんは自分を見せるという点での演出をしなさすぎだということを言いたかったわけです。
まるでよだれかけだと言われた衣装もそうです。メイクもそうです。髪型もそうです。タイナカさんがピアノを弾く姿を見て、その姿が一番似合いそうな場所として思えたのが幼稚園の先生というイメージを抱いてしまうような庶民性。
取るに足らない歌手ならばたいした問題ではありません。ですがタイナカサチが発散させているエネルギーは特別なもの。その特別なものに似つかわしくない実像がステージ上に存在し、それを看過できないのです。
自分をどう見せたいのか、自分が提供する歌と楽曲によってどんな世界観を見せたいのか、そのためには自分がどう見られることが理想的なのか。そこを理詰めなければなりません。それはタイナカ本人だけでなく周囲の人間も考えなければならないこと。今はそれがまだ出来ていない。
見た目には恵まれないものの、不惑にしてミニスカートをはきこなし、観客に"可愛い"と思わせてしまうような師匠香美さんの境地にはまだ達してないということです。
そしてライブ全体を通じて何を見せたいのか。ここでポイントとなってくるのが流れです。テンポと言っても良い。
タイナカは曲間にちょっと喋りたくなる人。その歌に関して喋りたくなる気持ちは重々わかる。でもそれがライブトータルでいうテンポと流れを崩しています。
観客は雰囲気に酔いたいものです。その流れを切られると気持ちが途切れます。ゆったりとした曲に酔っているときに愉快な話をされれば雰囲気は変わる。ノリノリで来ていたのに湿った話をされれば醒めてしまう。そういうことです。
極端なことを言えばMCなどなくても良い。でも喋りたい。わかるけど自重しなければならない。歌より喋りを期待されるような人もいますが、得てしてその手の人は喋りが上手いだけに空気を読むのが上手いわけです。
その空気というのは雰囲気を変えたいタイミングと言っても良い。流れを切って別の流れを作り出したいときにそういう流れの導入となる喋りをすれば良い。それが理想ではあります。
とりあえず今日のところはこんなところで